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喫茶店通い

 喫茶店が好きだ。 中学生の時から入りびたっていた。 50年近く前、高校受験の真っ只中だった。希望していた私立の高校に、校内で1人だけ合格した。 校長室に呼び出され、学年主任の先生に「川島、お前が合格したのはたまたまだからな!みんなの前で喜んじゃだめだぞ!」と、ありがたいお言葉を頂だいた。 そう先生がおっしゃるには、それなりの理由と事由があったのだろう。 自業自得だと納得した。 それからがたいへんだった。 その高校に行くためには長い時間電車に乗らなければならない。母親がいらぬ心配をして、教師をしていた兄、僕からすると伯父に相談をした。 主だった親戚の方々が我が家に集結し、僕の進路についての「親族会議」である。 親族会議の結論は 「譲司を電車に乗せては駄目だ!」と満場一致で決定。 なんのこっちゃ! そんな中、父親だけは味方だった。こっそり入学金を納めてくれ、「自分の力で伯父さんたちを説得してみろ」と。 結果はもろくも崩れ去った。自転車で通える最も行きたくなかった高校へ「行かされる」羽目になった。 その時から、喫茶店通いと映画館通いが始まった。世の中全てに反感を持った時期だったかもしれない。 中学生でありながら週末に限らず、電車で1時間程の県庁所在地「水戸市」にある喫茶店はほぼ制覇した。喫茶店のマッチだけでミカン箱がいっぱいになった。 父の財布は使い放題、両親とも苦しんだろう。息子が希望していた進路を阻んでしまったという負い目からか、僕は「やりたい放題」だった。 部屋の中からは大音量の「中島みゆき」や「吉田拓郎」が響き渡る。 「山に行ってくる」と言えば、黙って旅費を用意してくれる。 「新しいオーディオが欲しい」と言えば、何日かすると欲しかったアンプやスピーカーが届く。 バカ息子の典型だ。 ただ、「やりたい放題」だったが、往復の電車の中、喫茶店の中、時にはテントの中では、本を読みあさっていた。 両親としても、日に日に積み重なっていく小説の山と、時折フォークソングではない「交響曲」や「ピアノソナタ」が、息子の部屋から聴こえてくることが、ささやかな「救い」だったかもしれない。 感謝している。 その、「やりたい放題」の時期を、両親が甘受してくれたことが、いま「作品を創る」という作業、いや、楽しみにつながっているような気がする。 コンクールの稽古を見に行く。 仕事の後だか...

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