師匠(音楽構成)
僕が舞踊の世界に足を踏み入れたのは、まだ学生の時だった。
妻と知り合い、強引に杉並の家に連れられた。
子どもの頃から音楽に触れていたものだから、
「私の家はね、バレエ教室なのよ!」の言葉に興味をそそられたのも事実だ。
杉並の稽古場に案内され、前面鏡貼り、両面バー設置の稽古場はなかなか新鮮だった。
中央にアップライトのピアノがある。
何の曲だったかは憶えていないが、僕が何かを弾いたんだろう。
僕の出で立ち(いでたち)はというと、黒のワイシャツに黒のネクタイ、そして黒のスラックスに下駄履き。あまり、気の利いた格好ではなかったろう。
そんなどこの馬の骨がわからない奴が、稽古場でピアノを弾いているのは、すこし異様だったかもしれない。
その姿を2階の住まいに上がる階段の途中で、妻の父、武於先生がこっそり見ていたそうだ。
後で聞いた話だが、「結花、なんて奴を連れてきたんだ!まてよ、しかし、こいつは何かに使える!」と、先生、ひらめいたそうだ。
そのうちに、度々妻の家に伺うようになっていった。そんなある日、武於先生から、
「譲司くん、バレエの音楽、構成してみないか?」と言われたのが、この世界に入ったきっかけだった。
はじめて構成した作品は「森の中からのメッセージ」という作品だったかな?
作品を創り始めると、「音」にもこだわるようになる。
それまで発表会の音響はホールの方(小屋付)にお願いしていたのだが、一度有名な「山本直」という巨匠にお願いしたいなあと常々思っていた。
そんなある日、何かの舞台でその巨匠と話をする機会ができた。
客席の最後列にいた直先生に挨拶に行った。
「山本先生、平多武於のところの川島と言います。はじめまして!」
と、挨拶したら、
「知ってるよ。コンクールの曲、いいじゃない!」
それが最初の出会い、最初の会話だった。
出会った次の年から発表会の音響をお願いした。
同じホールでありながら、音響家によって会場に響く音の違いに愕然(がくぜん)とした。感動した。
名声には確たる根拠がある。
あれから40年の付き合いだ。音響機材の選び方、音の作り方を一から教えてくれた。
いろんな舞台に呼んでくれた。舞台で生の音を聴かせてくれた。
二人とも酒が飲めないものだから、珈琲一杯で何時間も語り合った。
今ではスマホ一つで音も作れてしまうが、このオープンデッキで作る音には、「感」と「音心(おとごころ)」が必要だった。
たまに、屋根裏の音響室でレコードを聴く。
アナログである。人間も相変わらずアナログてある。あえてデジタル人間から距離を取っている。
誤って一度切ってしまったオープンテープの音は、この小さな機材で貼り直す。一曲作るのに切ったり貼ったりの繰り返しだった。
この機材は師匠から頂いたものだ。使い方から教わった。
たまに引き出しから取り出して、意味なく磨く。
そういう僕も、今はパソコンで音を作っている。
便利に流されている。
だけど、皆さん、機会があったら、僕が構成した「音」を、耳を澄まして聴いてみてください。
ほんのわずかかもしれませんが
「音心」を感じていただけるかもしれません。
師匠がよく言っていた。
「譲司君、音づくりは『感』なんだよ!」
久しぶりに「語り」に行きたくなった。



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