缶ピース(両切りたばこ)

 土曜、日曜と、2日間、つくばの家に閉じこもった。

クラシック音楽を聴きながら、小説を2冊読み終えた。今年に入ってはじめての連休だ。

妻にも、金曜日の夜、「明日からの2日間は何もしない!何も頼むな!」と言っておいたから、音楽を2曲編集させられた以外は、完全フリーにしてくれた。

フリーにはなったが、フラストレーションが溜まった。身体は間違いなく休めたのだが、残念な気持が残った。

読んた小説が2冊とも面白くなかったのだ。

最近の流行作家の小説では、よくあることだから腹も立たないが、「時間を無駄にした」という思いは否めない。

まあ、音楽をたくさん聴けたから良しとするか。

やはり音楽と同じで、小説も「古典」が好きだ。


話は変わる。

僕には自宅が2つある。

妻は1人だ。

誤解の無いように書いておく。

事務所のある実家が、筑波山の反対側にあるため、利便性を考え、どちらでも寝泊まりができるようにしてある。

どちらも居心地が良い。

つくばの部屋は、


たまに妻が「ドカドカッ」と、入ってくるが、

「生きてる!」と言う実感がある。

妻は、まさしく僕を「生かして」いる。

賑やかである。必ず誰か来客がある。


事務所のある実家の部屋は

誰も入ってくる心配が無い。

ただただ落ち着く。

ここで飲むコーヒーは「格別」だ。

音楽はジャズが似合う。

テーブルの上にある「たばこ」は、20年前まで嗜(たしな)んでいた両切り煙草の「缶ピース」だ。記念にとってある。当時使っていた灰皿と一緒に、久しぶりにテーブルに載せてみた。


中学生の時から山に登っていた。

高校、大学と山に取り憑(つ)かれていた。

山男は缶ピースと相場が決まっていた。

テントの中で、豆を挽いてコーヒーを淹(い)れる。缶ピースのアルミの蓋(ふた)を「ギリギリッ」と切り開ける。

テントの中がコーヒーとピースの甘い香りで包まれる。

懐かしい。じつに懐かしい。

今や、缶ピースはおろか、10本入のショートピースすら、置いてある店が少ないらしい。

はじめて買った缶ピースは50本入で375円だった記憶がある。

以前、銀座の老舗煙草店で聞いたら

「1,500円です。」と。

「マジっすか?」とは言わなかった。

銀座だから、大人だから、

「そうですか、そういう時代ですか」と、答えた。


あの缶ピース、妻は覚えているだろうか・・・

聞いてみた。

「なあ、僕が学生時代、缶ピース吸ってたのって、憶えてる?」

「あんた、何言ってんの!世田谷の部屋、缶ピースだらけだったじゃない!忘れちゃったの?」

いや、憶えてる。ただ、そこにいたのが妻だったかどうかがあやふやだっただけである。

妻だった。

まぎれもなく、あの世田谷の部屋には、妻しかいるわけがないのである。

深追いしないでよかった・・・


今、誰もがスマホを片手に持って歩いているように、僕は、缶ピースを左手に、文庫本を右手に持ち、経堂の街を下駄の音を鳴らしながら喫茶店巡りをしていた。


駅前の富士銀行のお姉さん、元気かなあ・・・

歳は23,4だと思うけど、あの頃、ずいぶん大人に思えたなあ・・・

久しぶりにあの街に行ってみようかな。


すずらん通り、まだ、あるかなあ・・・



 


 




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