青春の街、吉祥寺(2)

 僕がこの街を根城(ねじろ)にしていた頃、路地には「JAZZ」が流れていた。

伊勢丹裏に「SOME TIME」という伝説の「ジャズスポット」があった。いや、今もなお健在。この店から吉祥寺の「ジャズ喫茶」文化が始まったと聞いたことがある。

         懐かしい。

この界隈はすっかり変わってしまったが、この店が当時のまま残っていることが、何よりうれしい。

あの頃、そう、二十歳(はたち)前、この店は敷居が高かったなあ。客の僕が緊張しながらドアを開けた覚えがある。

懸命に背伸びしていた時期だなあ。

今は、この雰囲気が心を落ち着かせてくれる。

銀座の寿司屋と同じ感覚かな。

そういう店が、やっと似合う年頃になったのかもしれない。


さて、僕が吉祥寺で青春を謳歌していた同じ時、妻も、同じ路地を、毎日、高校に通っていた。

同じ時、同じ時間に、同じ路地を・・・

妻と出会う1年前に、間違いなく、何度かは、すれ違っていたんだろうな。

いや、たとえすれ違っていても、目をそらされてたかな。とんがっていた時代だからな。

彼女が通う高校の隣に、これも伝説の「ぐぁらん堂」というライブハウスがあった。そこにもよく通ったなあ。煙草の煙もんもんの思い出だなあ。

行ってみたが空地になっていた。

というか、「ぐぁらん堂」は、15年ほどしか営業していなかったそうだ。思い出を語れるのは幸運かもしれない。

もう一件、通った店が「Outback」という、フュージョンの店だった。

サンロードから、今はヨドバシカメラに変わってしまった近鉄百貨店に向かった、路地の地下にあった店だ。

天井に3羽のカラスがいたっけ。店の中は真っ暗で、まったく話し声がしない店だった。「Be Silent」という貼り紙があったなあ。音楽だけを聴くための店だった。たしか、アルテックのスピーカーだったかな。

いまの時代、あんなアングラな店はないだろうなあ。

アルバイトをしていた「シュベール」という喫茶店の2、3軒隣に「小ざさ」という有名な羊羹屋さんがあった。田舎のおばあちゃんに食べさせたくて、何度も朝早くから並んだ覚えがある。

話がそれるが、羊羹は、大企業の羊羹より、小さな店の方がおいしい。

この「小ざさ」もそうだが、向島の「青柳」も絶品だ。旅先で食べた四国松山の薄墨羊羹も美味しかったなあ。


話を吉祥寺に戻します。

じつは、今回、妻と吉祥寺に行ったのは、人に会うためだった。

「シュベール」でアルバイトをはじめた時、同じ遅番にいつもしかめっ面をしているチーフがいた。

めちゃくちゃ仕事のできる人で、美しすぎるフルーツパフェや、いわゆる極ウマ喫茶店ナポリタンや、何を作っても、仕事が早く、美しかった。

ただ、無口で、無愛想で、「いやな奴だなー!」と、思っていた。

ひと月ほど経ったある日、たまたまそのいやなチーフと一緒の休憩時間になった。

け本を読んでいた僕に、ボソッと

「本、好きなの?」と。

「えー、まあ・・・」

「見かけとは違うな」

「見かけ、関係ありますか・・・」

これが最初の会話だった。

あとで知ったことだが、心理学を専攻していた彼のアパートは、「学者かよ」と、思うほどの本に埋もれていた。


その日から、僕は、この無愛想なチーフの「弟」になった。

彼と出会わなければ、「ボブ・ディラン」は聴かずに今に至っていたろう。


   (つづく)




 










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